読書記録

06

 

 

 

 

 

2004/05/18

『往復書簡 決裂の証言』 著:サルトル/メルロ=ポンティ 訳:菅野盾樹

2000 みすず書房 90P

サルトルは空気が読めない人でした、というか精神的に子供なのだな、ということがよく分かる生の手紙。

無意図的に他人を傷付けているのに気付かない男、だからこそ帝王と呼ばれるのに足のかもしれませんが。

仲直り出来ないまま急逝したメルロ=ポンティに対して抱いていた感情が、

後の『倫理学ノート』等にも顕れているのかと思うと興味深いところはあります。

サルトル入門・メルロ=ポンティ入門として用いるのもいいかもしれませんが、

これだけでサルトルを見限っては決していけません。

サルトル研究者は必読の書ですが、別に興味の無いという人を引き寄せる程の面白さはありません。

無駄肉全部省けば、要は高尚な単語を駆使した喧嘩。

推奨度

★★★★

 

2004/05/18

『フランス現代思想を読む』 著:渡辺諒

1999 白水社 174P

対訳付き概説書。

範囲を「哲学」だけに留めず、あくまで「思想」というのがポイント高し。

フランス語が読めれば★5つ付けても良かったかもしれないですが、生憎読めず。

ドイツ寄りな自分としては『ドイツ現代思想を読む』とか是非出して欲しいものです。

それと、アルチュセールとラカンが載っていないのが不満、著者が嫌いなのでしょうきっと。

サルトルやメルロ=ポンティも載ってませんし。

推奨度

★★★★

取り扱われた人達

ミシェル=フーコー ジル=ドゥルーズ ミシェル=セール ジャック=デリダ エマニュエル=レヴィナス

ヴィクトル=セガレン アブデルケビル=ハティビ パトリック=シャモワゾー ミラン=クンデラ マルグリット=デュラス

ジャン=リュック=ゴダール ロラン=バルト ジュリア=クリステヴァ クロード=レヴィ=ストロース ピエール=ブルデュー

 

2004/05/15

『アウグスティヌス <私>のはじまり』 著:富松保文

2003 NHK出版 126P

シリーズ・哲学のエッセンス。

下のプラトンと変わって入門書ではあるけれど、

フランス現代思想や心理学の分野にまで縦断する知識が必要になってくるのがこちら。

プラトンとアウグスティヌスの違いと云ってはそれまでなのですが。

しかしそれ程難解というわけでもなく、

中世以前古代末期にここまでの時間論を繰り広げた男がいたことを認知しておくことは肝要かと思います。

多分受験世界史で「キリスト教教父」「マニ教からキリスト教に回心した」「『告白』『神国論』を書いた」、

くらいの知識しか一般的でないかと思います。

キリスト教世界最大の教父と云われる所以を知るために一読を。

推奨度

★★★★

見出し

愛の賛歌 鏡を通して、謎において 神と魂 何時自身を知れ アウグスティヌスの生きた時代 末期ローマ帝国 個人の登場

個人・主体・自我 意識の深淵 個としての個 三位一体とキリスト 一と多、同と異 自と他 鏡のなかの顔 無気味なもの

自己の鏡像認知 風変わりな他者 自己知覚 自己の再認 回帰 『告白』という書物 ミラノでの回心 コンウェルシオ

はじまりからはじまりへ 私のはじまり 時間のはじまり 時空の果て 永遠 見いだされたはじまり 告白する私 外から内へ 私の身体

内なる私 神の似像 我々に似せて 類似 視点の発見 見えないもの 此処と彼処 いたたまれない場所 問いの構造 鏡として

私という謎

 

2004/05/15

『プラトン 哲学者とは何か』 著:納富信留

2002 NHK出版 123P

シリーズ・哲学のエッセンス。

この上もなく入門書、哲学書らしからぬ入門書、面白いです。

哲学始める人も哲学やってない人も、プラトン対話篇は読み物として単純に面白いです。

そんな折りにいきなり対話篇から入るのに対抗がある方は、この本から取っ付いてみてはどうでしょう。

推奨度

★★★★★

見出し

出会い 時代のギャップ 「知者」ソクラテス 対話篇という謎 時代への眼差し 対話する人々の顔 時代への呼びかけ 書かれた対話

対話篇の逆接 言葉が生を吟味する ソクラテスの問い アポリアと空とぼけ アポロンの神託 対話の生 現実との対決

クリティアスの失敗 クリティアスとプラトン クリティアスの吟味 「思慮深さ」の理解 政治イデオロギー クリティアス論駁 悪の原因

政治と哲学のギャップ 現実への目眩 現実の混沌 現実の逆転 根拠の絶対性 プラトンの呪縛 魂を向けかえる 対話の術

哲学者による政治 政治への跳躍 ソクラテスの死 洞窟の暗闇で ソクラテスの告発 ソクラテスと政治 「政治」という理念

政治家ソクラテス ソクラテスと教育 対話の可能性 ソクラテスと敬神 不知と神 ソクラテス裁判の逆転 言葉と生

ある絶対的なものとの出会い

 

2004/05/14

『神なき時代の神 キルケゴールとレヴィナス』 著:岩田靖夫

2001 岩波書店 193P

キルケゴールとレヴィナスの比較を楽しみに読み始めたわけですが、一切関連性以て語られず。

途中で中弛みも感じました。

が、それを差し置いてもなかなかに読む価値はあると思います。

ソクラテス─キルケゴール─レヴィナスの連関を知らない人は、想起させられるのではないでしょうか。

以下引用。

「それは、神の死とは他者の死であり、他者の殺害が神の殺害であった、ということを物語っているのである」

「すなわち、他者を奴隷かし、酷使し、搾取し、道具化し、物化し、自己の中に取り込み、支配し、同化し、

植民地化し、そして殺すことが、神を殺すことなのである」

「「主体」であるとは「下僕」であるということを意味する」

推奨度

★★★★

大見出し

否定と跳躍─ソクラテスとキルケゴール─ なにが問題なのか ロゴスによる基礎づけ 不条理への跳躍

死にさらされた裸と至高性─レヴィナスの語る顔─ 他者の近さ 死すべき者 ことば 意味

神の超越と人間の責任─人間を通してのみ働く神─ 語ること 栄光と証言 超越と悪 律法 ユダヤ教

レヴィナスにおける死と時間─ハイデガーとの対比において─ 自己 死 時間

存在の「かなた」─人と神における近さと遠さ─ ディアクロニー 痕跡 主観性 意味

 

2004/05/13

『魔術との出会い いま、再びルネサンスを』 著:澤井繁男

2003 山川出版社historia 182P

前という概念が無ければ後ろは無い。

右という概念が無ければ左は無い。

同じことは上下東西南北にも当て嵌まることで、そして表裏も勿論同様である。

どちらか一方しかせずに何の研究か。

魔術と科学を単純に表裏と位置づけるのは大きな誤解ですが、

科学的というものを善く知るためには前代的位置づけにある魔術を知っておかねばならない。

ヨーロッパ的(キリスト教的)というものの中に潜む非ヨーロッパ的なものを知らずに、

神学も宗教学も歴史も哲学も社会学も文化人類学も何もかも解るはずがない。

下らない偏見は半分捨てて読み、残り半分砕かれてしまいましょう。

推奨度

★★★★★

大見出し

魔術との出会い 魔術とは何か 魔術の再生 魔女と地獄

 

2004/05/11

『不確定な唯物論ために 哲学とマルクス主義についての対話』

語り手:ルイ=アルチュセール 聞き手:フェルナンダ=ナバロ 訳:山崎カヲル

1993 大村書店 164P

俗に構造主義四天王と云われる中の一人、ルイ=アルチュセール。

80をとうに過ぎた最晩年の最後期の思想を窺える対話編。

形式が対話なのでアルチュセール入門として読むのもいいし、

一巡してまた再読すると理解が深まるという優れもの。

個人的評価を与えるなら、アルチュセールこそ真の「マルクス主義」者。

哲学者も社会学者も歴史学者も経済学者も一読すべし。

以下引用。

「要するに、イデオロギー的階級闘争によって哲学に指定され委託されている任務は、

真理の保持者である単一の支配的イデオロギーへと、さまざまなイデオロギーを統合するのに貢献することです」

──でしたら、どのようにそうした任務に貢献するのでしょうか。

「まさしく既存の諸矛盾を削減する可能性の、それゆえに、

社会的諸実践とそのイデオロギーを統合する可能性の、

理論的な諸条件を考察するよう提案することによってです。

大切なのは、抽象的労働、純粋思惟の労働、純粋な理論化にほかなりません」

推奨度

★★★★★

見出し

マルクス主義のための哲学─「デモクリトスの路線」 マルクス主義哲学か不確定な唯物論か ふたつの歴史 哲学・イデオロギー・政治

哲学はひとつの戦場である 「哲学者たちの哲学」と唯物論論考 マルクスの理論的反人間主義 人間─ブルジョア・イデオロギーの神話

歴史の主体か、歴史における主体か 人間主義についてのフーコーのことば 歴史主義について 相対的なものを絶対化する試み

相対主義と経験論という二重のサークル マルクス主義は歴史主義ではない

 

2004/05/09

『キェルケゴールと親鸞』 著:箕輪秀邦

2000 ミネルヴァ書房 223P

正直、親鸞並びに浄土真宗はさほど詳しくなかったのですが……。

いや驚き、まさか自分の対人間観と親鸞の人間観がほぼ一致していたとは……。

一番の核となるのは、「間接伝達」という概念です。

人間から人間への直接教示は不可能である、というのがキェルケゴールと親鸞に共通している考え方。

二人の中心となる「間接伝達」がよく分かるこの著書はオススメ。

以下キェルケゴールに関する段から引用。

「彼における真理の伝達は、人と人との直接的関係ではなく、

人と人とが神を媒介として間接的に関係するところの関係である」

この「神」を「作品」と置き換えてみると……。

さて。

推奨度

★★★★★

見出し

伝達についてのキェルケゴール的思惟の本質 ソクラテス的伝達とキリスト教的伝達 キェルケゴールの時代批判

キェルケゴールにおける伝達の弁証法 神の前にただひとり立つ単独者 二重反省 欺き(方便)としての伝達

「主体性が真理である」ということ 主体性となること 無限性の情熱 重複の伝達 主体的思想家における伝達の課題

コルサール事件をとおして 現実性と可能性 反復の伝達 著作活動をとおして見た間接伝達の実践 著作活動における弁証法的重複性

真理に仕える僕としての著作活動 『歎異抄』をとおして見た親鸞の宗教的真理の伝達 「弟子一人ももたず」という立場

親鸞における真理伝達の姿勢 承元の法難を契機とした伝達法の深化 『歎異抄』「添え文」の意義

反復(受け取り直し)の伝達としての『歎異抄』 『教行信証』における仏弟子論 信巻「別序」の意義

三心一心問答の意味─仏と人間の絶対的断絶を結ぶもの 心の仏弟子釈 親鸞における真実観─なにが真実なのか

親鸞の回向観─如来から衆生へ、頒与の伝達 善導の利他真実ということばに関する一般的解釈 親鸞における利他真実の受け取り直し

「教巻」における真実の意味 親鸞における人と人との間の真理伝達 逆謗摂取論をとおして見た親鸞の人間観

親鸞における自覚的人間像 親鸞における「われら」という表現と伝達 蓬茨祖運における螺旋状型講義の妙

キェルケゴールにおける間接伝達の本質 蓬茨祖運の批判精神の底を流れるもの 仏道を生活の中に実験した人

 

2004/05/07

『声の分割(パルタージュ)』 著:ジャン=リュック=ナンシー 訳:加藤恵介

1999 松籟社 109P

デリダの朋友であり解釈学者ナンシーの酷く難解な著。

この著で主に解釈されているのは、ハイデガーの『存在と時間』『言葉についての対話』と、プラトンの『イリア』。

取り敢えず上述の三冊を読んで或る程度理解しておくのが前提条件でしょう。

しかしそれにしても肌に合わない。

同じく解釈学者のガダマーの方がしっくりくるものがある。

ガダマーについての部分から引用。

「テクストの意味は著者の主観性によっても、それが本来宛てられた「根源的読者」によっても規定されない」

「先行的な理解の企投は、「意味の統一性がより一義的に固定されるまで」絶えず修正を受ける」

推奨度

★★★

 

2004/05/06

『ウィトゲンシュタインから道元へ 私説「正法眼蔵」』 著:黒崎宏

2003 哲学書房 157P

ヴィトゲンシュタイン研究者として、

後期ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論を手駒に持ちながら道元の『正法眼蔵』の核心を突こうとした名著。

ヴィトゲンシュタインへの言及は殆ど無く、後期ヴィトゲンシュタインを知っていることが前提で話が進んでいくため、

特に著者の後期ヴィトゲンシュタイン論を知っておく必要がある。

つまり禅の本です。

著者は恣意的な面が強いという批判の声もありますが、その辺は好みでしょう。

私は好きです、波長が合うというか思考回路が似ているというか。

以下後書きから引用。

「宗教であれ信仰であれ、理性で行けるところまではぎりぎり行くべきである」

全くその通りで、宗教だからと一切はね除けなどは言語道断。

推奨度

★★★★★

大見出し

身心脱落・脱落身心 「現成公案」 『弁道話』 絶対肯定と「自受用三昧の宗教」 「仏性」 「維摩の一黙」

「即心即仏」、「非心非仏」、「不是心、不是仏、不是物」 「不生」と「縁起」 「華厳」の世界像について

「後期ウィトゲンシュタインの意味論」について