読書記録
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2004/06/22
『ステンカ・ラージン 自由なロシアを求めて』 著:土肥恒之
2002 山川出版社 183P
有名なステンカラージンの叛乱についての詳細を述べるだけでなく、
それに至るまでの時代背景・地域社会史、その後のコサック社会の変容を刻々と述べた意欲作。
個人的にはステンカは好きじゃないのですが、
そういった好み関係無しにロシアに興味があるなら面白く読めます。
以下作者の後書きより引用。
「どんな「陳腐なテーマ」でも、それに生命を吹き込むのは歴史かその人である」
推奨度
★★★★
大見出し
その前夜 自由な人びと 「ドンからは引き渡さない」 ラージンのペルシア遠征 ヴォルガへ 静かなドン
2004/06/21
『図説 イギリスの歴史』 著:指昭博
2002 河出書房新社 159P
文章自体には特に不可もなく高校レヴェルのイギリス、というかイングランド通史。
ただ図説なので、勿論絵図が多く、専門の研究家以外のニーズには大体応えられることでしょう。
イギリス史に初めて触れる人、受験でイギリス史をより分かりたい人など、特にオススメ。
推奨度
★★★★
大見出し
諸民族の興亡 大陸国家から島国へ キリスト教の広まり 王朝の対立 テューダー朝の時代 無敵艦隊の撃退─その神話化
エリザベスの肖像 スチュアート朝の時代 ユニオン・フラッグ ハノーヴァ朝の時代 改革の時代 帝国の形成と人々の移動
風刺画の時代 大英帝国の繁栄と衰退 イギリス史のシンボル 20世紀のイギリス
2004/06/18
『瞬間の君臨 リアルタイム世界の構造と人間社会の行方』
著:ポール=ヴィリリオ 訳:土屋進
2003 新評論 234P
何じゃこりゃぁとたまげるくらいに難解なヴィリリオの比較的新しい著。
訳者も後書きで「最も難解」と断っています、
アメリカの某学者も何度読んでも分からなかった、と言っています、
私のような一介のサークル首謀者が分かるべくもなしです。
社会学・文化人類学・哲学・物理学・天文学、そして一貫している速度学と情報学。
何故日本にはヴィリリオの解説書が無いのだろう、誰も手を付けようとしない、
確かに解説しようにもその労力の途方もなさにやる気が削がれるだけだとは思いますが……。
それにしてもヴィリリオ入門が欲しい今日この頃です。
訳者がヴィリリオ自身の入門書のようなものを現在鋭意訳出中ということなので、体育座りして待ちましょう。
推奨度
★★★★
見出し
間接的な光 「間接照明」の時代 ビデオの侵入 ビデオの特性─上映空間の排除─新しい知覚場の出現─時間と空間の排除
ライブによる再現の危機 ライブビデオと能動的視覚光学 リアルタイムが生み出す遠隔存在(テレプレザンス)
ビデオスコピー(ビデオという視覚装置) ビデオスコピーの特性─幾何学的な近似性 変換光学と相対的インターフェイス
新しい世界像の構成─遠近の一体化 界面世界 外観の移送交換(トランサバランス)─新しい透明 真実の基準
主体と客体を超えた新しい場の出現 新しい透明の獲得 能動光学─透明化の突然の拡大 照明技術の歴史 速度による照明
イメージなきイメージ 都市と照明 リアルタイム照明と、作り出される新たな場 天安門事件が作り出した新たな場
世界のスクリーン化とテレトピーの出現 時政学─時間操作の政治 現実を制圧する情報 自動車の将来─絶対移動から相対移動へ
動かない自動車 動かずに移動する イメージというエンジン 相対移動 最後の乗り物 「動かない乗り物」─オーディオ・ヴィジュエル
動かないために動く 博物館の展示─空間と時間と速度 ミニチュア化 オーディオ・ヴィジュエルの乗り物 移動撮影─動力と映像
静止移動の完成 目的地がやって来る旅行─私たちは皆、あらゆる所に住むようになる 二つの乗り物 凝縮時間を生きる時代
シネセニ─空間構成から映像構成へ 運動効果=映像エネルギー 退縮 第三のエネルギー
映画技術(動かない乗り物)と飛行技術(動く乗り物)の協働関係 自動車の原点 座席だけの乗り物
座席の進歩─遊園地の“バター皿”と「重力座席」 縁日の経験と宇宙飛行の実験 動かない乗り物の変遷 四次元の制覇
リアルタイムの住民 電子住居─壁のない監獄 住居のコックピット化 至る所に到着する 監視と監禁 自宅牢獄─新しい管理
観察というインターフェイスが生み出すイメージ空間 バイオスフェア計画─環境コントロール イメージのコックピット 運動光学
アインシュタインの「視点」概念と最先端の素粒子理論 観察者の理論 光の優位 粒子の軌跡─アインシュタイン・ボーア論争
速度は見ることに役立つ 露光の秩序─光子解像と凝縮的な時間 量子消滅─対象世界の消滅 観察から独立して存在する事物はない
新たな時空─10億分の1は150億年のようであり… ステレオ空間─ミクロとマクロの統合 無限の二重化─無限大の時間と無限小の時間
宇宙の起源と瞬間 速度時空圏(ドロモスフェール)─光とは、<絶対的速度の影>の名前である 重力レンズ 重力場 速度時空
重力波─新しい物理学の対象 可視世界の転換─マクロとミクロでの視覚喪失 物質空間へのさらなる侵犯
現象間の関係を扱う「絶対速度の機械」 速度と相対性理論 「現象間の関係」を照明する「絶対速度の機械」 真実らしさの消滅
瞬間と永遠 視覚機械─思考機械 客観的現実は速度を通してのみ存在する 人間中心原理
第三のインターバル─物質空間と時間の崩壊 環境コントロール 「リアルタイム」の外観移送 現実空間と透明
能動光学─速度による知覚 「視覚機械」の君臨 「視覚─活動」の確立 透視的な時間システム─露光時間
運動の静止表象─スナップショット 動きはじめる静止像 時間の計測単位と技術が生み出す時間
高解像度が作り出す時間による、自然光の時間の崩壊 環境コントロール─居住空間の「転移の事故」と繭状態(コクーン)化
居住空間と不動の自己 住居の「転移の事故」 現存在は動力の中に存在する 繭状態(コクーンニング)
「人間─機械」のインターフェイス─内側に向かうコントロール 住居安全管理システム ランプと電灯 「自我」という梁でできた家
住居の脱構築 遠隔行動と遠隔存在 横たわった人類の到来 昏睡状態の住居 感覚世界の強大化 ネガティブな行動退縮 極の不動
大地という空間基軸の崩壊 絶対的なここ─ゼロ位置 世界の基軸 ドイツのロケットと世界の基軸の解体 脱中心化と自己中心主義
純粋科学への批判 「ゼロ時間」─持続時間の崩壊 構成された世界の時間─心理的時間 速度、それは世界の老い
環境コントロールの増大─移動の偶発事故 新しい環境コントロールと速度政治
自己中心化─事故内存在という唯一の参照基軸 私は地球である 国土整備から自我整備による無活性化へ
最新物理学の時空─時間と空間の相互転換 神の視線と人間の視線の崩壊─完全な盲目化 無限の地球から予備備蓄の地球に
ホーキングと地球中心主義 宇宙は有限であり、縁がない 想像時間は実時間、実時間は想像時間 時間の二重化と時空の相互転換
肉体の追放─「生きている私」という中心基軸の喪失 地球から仮想球体へ 緑のエコロジーの限界 遠隔管理経済
私は至る所に存在できる 中心基軸の喪失 人間の最終的な乗り物 俳優のパラドックス 何にでもなれる悲喜劇
時間も位置も不確かな存在─その場での移動 最終的な乗り物
2004/06/17
『90分でわかるマキアヴェリ』 著:ポール=ストラザーン 訳:浅見昇吾
2001 青山出版社 123P
in 90 minutesシリーズ。
西洋人は概してこういう簡易な概説書を書かないものだとばかり思ってましたが、
まさかこのシリーズ、ブリテンでベストセラーになっているとは。
いけませんね、バイアスですね。
博識なストラザーンの軽快な語り口で引き込まれて90分もかからずに読み終えられました。
特に新しい発見も無かったですが、マキアヴェリにバイアスをかけている人は是非一読を。
推奨度
★★★★★
2004/06/17
『デカルト暗殺』 著:アイケ=ピース 訳:山内志朗
2000 大修館書店 178P
史実のミステリィ。
ミステリィ好きとしては、史実なので不謹慎ですが、面白かったです。
史学書としても普通に明晰な考察と確とした文献史料でもってして、出来が良い。
思想に触れることは殆ど無いので、誰にでもお勧め。
クリスティーナ考察としても価値ある一冊。
推奨度
★★★★★
大見出し
デカルトの死をめぐる疑惑 ルネ=デカルト─気むずかしい哲学者 スウェーデンのクリスティーナ─十番目のムーサ
デカルトとクリスティーナ 病気と死 一つの死体に群がる人々 頭蓋骨─盗品と収集物 鍵─秘密の手紙 容疑者と動機
証明─法医学的調査 終わりなきデカルト
2004/06/15
『イスラエル、イラク、アメリカ ─戦争とプロパガンダ3』 著:E.W.サイード 訳:中野真紀子
2003 みすず書房 130P
ここまで見事に見解が一致していると非常に楽しい、
というかサイード並の卓見だとか勘違いしてしまいそうで。
ただ一つの相違は、パレスチナ人という表現。
以前は反対していたんだけど、いよいよもってこの表現の適当さが不明瞭に。
サイードは積極的に用いているんですが……
“パレスチナ人”の彼が使用するのだから間違い無いのかもしれませんが。
翻訳という問題もあることですし。
兎に角、今を生きるなら読んで下さい。
今更ながらに悔やまれるサイードの逝去……深く黙祷。
以下引用。
「できるだけ早く、二つの国民で構成される世俗主義の一つの国家に所属する完全な一員としてお互いを
受け入れるようにするのが賢明というものだ。そのようなアイデンティティを選択することは、歴史に残ることだ。
選択しないならば、消えていくことになる」
推奨度
★★★★★
大見出し
アメリカのユダヤ人の危機 パレスチナの選挙が浮上 一方通行 細目にわたる懲罰 不統一と党派対立 無力のどん底
イスラエル、イラク、合衆国 生まれついてか、選び取ってか
2004/06/15
『翻訳と日本の近代』 著:丸山眞男/加藤周一
1998 岩波新書 189P
20世紀二大巨頭の対話。
内容は目次の通りで、非常に読みやすく広範な知識を以て語られている。
言語という面で見て気になったのは、二方の疑問語尾の「〜かしら」
今でこそ女性語として定着しているが、
二方が口語を身に着ける段階の日本に於いてはそんな区別はなかったのかと、そちらの方に気が入ったり。
言語を語る書物で対話というのは非常に価値あると思いますね、
そもそも対話篇というものの価値に重きを置いている自分が言うので字に余ることですが。
何にせよ、現在日本語が壊れ堕落しているなどとのたまうのは大いなる誤りですよ。
以下加藤氏による後書きから引用。
「翻訳文化はまたその国の文化的自立を脅かすものではない。むしろ逆に文化的自立を強化する面を含む。
翻訳は外国の概念や思想の単なる変容ではなく、幸いにして、または不幸にして、
常に外来文化の自国の伝統による変容だからである」
推奨度
★★★★★
見出し
翻訳文化の到来 日本にとって幸運な状況 攘夷論の劇的な変化 近代軍隊とテクノクラートの出現 幕藩制国家と領土意識
江戸時代の翻訳論 外国語としての中国語を意識する 比較の視点 徂徠から本居宣長へ なぜ翻訳主義をとったか 翻訳とラディカリズム
『訳書読法』について 何を、どう、翻訳したか なぜ歴史書の翻訳が多いのか 歴史を重んずるのは日本的儒教だからか 愛読された史書
道徳の体系となった過程 『仁』から「仁・義・礼・智・信」へ 論理用語とその語法 「個人」と「人民」 「もし」と因果論
「論理」をつきつめる姿勢 造語をめぐって 訳語の問題性 ラテン語・ギリシア語の知識はあったか 「万国公法」をめぐって
幕末のベストセラー 英語・中国語・日本語を対照する 伝統的な言葉をどう訳したか 法意識の問題 「国体」という言葉 訳せなかったもの
社会・文化に与えた影響 何が翻訳されたか 化学への関心はなぜか 進化論の受容 世界観にどう関わったか 福沢諭吉の科学観
知識人に影響を与えた翻訳書 原書の質の問題 後進国の早熟性 明治政府の関わり方 文明開化─民心と政府
2004/06/12
『物語スウェーデン史 バルト大国を彩った国王、王女たち』 著:武田龍夫
2003 新評論 236P
読みやすく面白く、スウェーデン通史としてこれ以上の著書は無いと断言していいくらいの出来映え。
著者の経歴も簡単に値するもので、そこからこの本の確実性といったものも窺える。
グスタフアドルフといったら北方の獅子王のことで、彼とカール12世、
そしてクリスティーナくらいしか大抵は知らないのではないだろうか。
大国と云われていたにも拘わらず、日本の世界史上の扱いは惨憺たるものである。
北欧に興味がある人は勿論、西洋史を学ぶ者皆に読んで欲しい本です。
以下はスウェーデンではないが、ノルウェー国王ホーコン七世の言葉から引用。
「貴方は神の意志により皇帝となった方だが、
私は国民から選ばれて国王となった者であることをお忘れにならないでいただきたい」
推奨度
★★★★★
見出し
独立戦争の覇者 グスタフ=ヴァーサ ヴァーサの息子たち 30年戦争の英王 グスタフ二世アドルフ アドルフの行政手腕
17世紀を駆け抜けた女王と二人の戦士国王 クリスチーナ女王─バロックの女王ローマに死す カール十世 カール十一世
神々の黄昏れ 風雲児カール十二世 北方大戦役 スウェーデン本土危うし 王妃の陰謀─政治の腐敗 自由の時代 国王暗殺
グスタフ三世 国王の外国旅行 対ロシア戦 流浪の国王、異郷に死す グスタフ四世アドルフ 敗戦と国内の状況 輸入された武人国王
国王カール十四世ヨハンの誕生 外交戦略の大転換 王権衰退期の国王たち オスカル一世 カール十五世 オスカル二世
十九世紀のスウェーデン 国民の中の国王たち グスタフ五世 グスタフ六世アドルフ カール十六世グスタフ─王権の消滅
二十世紀のスウェーデン─そして二十一世紀へ 隣国の王たち 悲劇のデンマーク国王クリスチャン七世 戦うノルウェー国王ホーコン七世
2004/06/11
『ニュージーランドの環境保護 「楽園」と「行革」を問う』 著:平松紘
1999 新山社 218P
ニュージーランドの環境問題と政治問題そして経済問題について。
日本人のイメージとしてはリゾート地・留学に適した国・緑豊かな国、というものでしょうか。
私はそうでしたが、成る程環境問題意識は日本人とさほど変わらず西洋諸国より劣っているのかと、目から鱗。
更にミルとニュージーランドや、マオリの民俗学も少しながら学べて面白い。
推奨度
★★★★
見出し
ニュージーランドは楽園か 「楽園」は、事実かフィクションか 環境オムブズマン・ヒューズ女史はいう ニュージーランド・ユートピア論
ニュージーランドの都市化 世界一の自動車事故 クライストチャーチのスモッグ問題 ニュージーランダーの環境意識
グリーンからクリーンへの関心 ニュージーランド市民は環境派? 行革の評価と環境意識 国際的に比べて環境意識は低いのか
消費者としての環境意識 行政改革によって変わる環境教育 環境問題と環境保護運動の展開 環境保護運動のはじまり
マナポウリ発電所建設問題 「森林・野鳥保護協会」 ニュージーランド式環境保護運動 効率主義とロビー方式 市民の環境団体評価
「マルイア協会」 ロビィストの風情 「森林・野鳥保護協会」と「マルイア協会」の確執 環境ネットワーク「エコ」
世界初の緑の党「バリュー党」 市民的環境・平和運動の諸相 捕鯨問題が国際的環境保護運動の起点 反核は市民と女性の勝利
「グリーンピース・ニュージーランド」 「カイティアキ・タラウエラ」 環境センター ゴミ・リサイクル問題
ニュージーランド版「列島改造」と環境問題 「大きいことを考えよう」 アラモアナ・アルミニュウム製作所問題 省エネルギーの失敗
外国資本への反発 鉱業問題と「ニュージーランド山岳連盟」 「コロマンデール番犬」 環境行政の展開と行政改革 環境行政の曙
環境行政もマナポウリ・キャンペーンから 環境省なき環境大臣 ニュージーランド国家の原点と行政改革 ニュージーランド国家の形成
J・S・ミルとニュージーランド 行政改革の内容 行政改革の評価 何のための行政改革か 環境行政の確立 経済と環境の分離
「オムレツを作るには卵を割らなければならない」 自然保全庁 自然保全庁の誕生 自然保全庁の仕事 「ドック」の危機? 商売繁盛?
準政府アドバイス機関 ニュージーランド流「保護」 「保存」と「保全」 保全と観光 ミルフォード・サウンド 国立公園第一号はマオリの寄贈
議会環境オムブズマン 世界最初の環境オムブズマン制度 環境オムブズマンの機能 勧告の意義 行政改革と森林保全問題
林業が森を救う 老いぼれたおばあちゃんに「森林経営権」を売却 林業地への国民のアクセス 一夜林
「羊の国」ニュージーランドは消えるのか 地域社会への影響 林業の環境問題 天然林は大丈夫か 「サステイナブルな伐採」とは
ニュージーランド式合意形成とマオリ─二つの環境憲法 1991年資源管理法 合意形成 行政改革から生まれた統合的環境法
サステイナブルな環境保護目指して 合意形成法としての資源管理法 地方分権 合意形成の手続きと特徴 資源利用承認手続き
遺伝子問題も 環境裁判所 バカにならない環境費用 「事前協議」は談合か 資源管理法とマオリ 1840年ワイタンギ条約
ワイタンギ条約の締結 いつまで続く「ワイタンギ条約」解決論 ワイタンギ審判所 マオリの漁業権と環境問題 賠償問題 マオリの自然観
「ノーマルな人」マオリ マオリの神話 マオリ語を英語に代えることができるか マオリのコモンズ 21世紀の課題
ニュージーランド市民からのメッセージ
2004/06/11
『カント 世界の限界を経験することは可能か』 著:熊野純彦
2002 NHK出版 125P
シリーズ・哲学のエッセンス。
今まで読んできたシリーズの中でもかなりの難度。
分かっていると思っていても難しく感じさせられてしまう哲学王カント。
一応カントにしては入門書レヴェルですが、気軽に読み始めるとすぐに挫折するやもしれません。
ヴィトゲンシュタインとは切っても切り離せぬ世界の限界について、考えるきっかけには相応しいかと。
以下引用。
「カントの思考は、理性批判の哲学であろうとする、その意図じたいにおいて、境界にかかわる思考であり、
境界を問う思考であって、そのことで同時にまた、それじしん境界において紡ぎだされる思考であったのである」
推奨度
★★★★
見出し
青ぞらのはてのはて 問いの始まりへ 「ビッグバン」の、そのてまえ 問いの始まり、思考の始まり 有限なじぶんを超えるもの
世界の始まりをめぐる思考 拒むことも答えることもできない問い 神、自由、魂の不死、世界の始まり 世界の始まりをめぐる思考
世界は始まりをもつか? 世界の限界をめぐる問いへ アンティノミーとはなにか 四つのアンティノミー 第一アンティノミー
世界は有限か、無限か? 背理法による証明をめぐって テーゼの証明について アンティテーゼの証明について
過ぎ去った永遠、空虚な時間 テーゼの証明・再考 「無限量」という問題をめぐって アンティテーゼの証明・再考 世界は経験を超えている
超越論的観念論という立場 第一アンティノミーはほんとうの「対立」になっているか 「現象の総括」としての世界
世界は有限でも無限でもない 「経験的遡源」という視点 第一アンティノミーの「解決」 カントじしんによる説明─矛盾対当と弁証論的対当
神は世界のそとにある? <見ること>とその形式 超越論的観念論・再考 超越論的感性論の課題 形式と素材の区別について
見えるもの、見えないもの 認識は経験から開始される 空間はア・プリオリな形式である
「現象」と「物自体」の区別、あるいは超越論的観念論 時間と空間を超えるもの 超越論的観正論の位置について
超越論的感性論がなぜ重要なのか? 「一般的注解」について─神は時空を超越する 神の存在は証明できるか?
第四アンティノミーについて 第三アンティノミーについて 神の存在論的証明をめぐって 思考の底知れない裂け目
因果律による証明、目的論的な証明、存在論的な証明 最高存在の独語─「理性の深淵」について
なぜ偶像崇拝が禁止されるのか─「崇高なもの」へ <不可能なもの>をめぐる経験 感覚と、感覚を超えるもの
道徳神学の問題─「理想」論から「要請」論へ 『判断力批判』の課題─感性的なものと超感性的なもの 『判断力批判』の構成をめぐって
美しいことと気高いこと 「情感的判断力」の問題 「美しいもの」と「崇高なもの」 『美と崇高なものの感情にかんする観察』
他のすべてを超えて大きなもの 数学的崇高と力学的崇高の区別 数学的に崇高なもの─比較を絶して巨大なもの
大きさの「情感的な評価」という問題 無限なものと<不可能なもの> 美と崇高の区別・再考─かたちなきかたち
無限なものの影、<不可能なもの>の経験 呈示されえないものを呈示すること─構想力にとっての「深淵」 <境界>をめぐる思考
大きすぎること、近すぎること、遠ざかりすぎること 崇高と不可能なもの─<境界>をめぐる経験 <境界>をめぐる思考