読書記録
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2005/03/21
『リヒテンベルク先生の控え帖』 著:池内紀
1996 平凡社ライブラリー 221P
ピリリと小気味よく辛味の効いている、リヒテンベルク先生のメモ帳に書かれた短文集。
とにかくウィットに富んでいて面白い。
知的なブラックユーモアが全編に渡って溢れています。
下品なネタも結構多く、原著を読んでみたいと思った次第。
まだ未翻訳のものも多いようで、気が向いたら取り寄せてみようかと。
推奨度
★★★★
見出し
ゲッティンゲンのこと ゴータ暦の神々たち 元日の賀 酔っぱらいの言い方 花売り娘 尻尾について ホーガースの銅版画
家具調度リスト 8の演説 妻への手紙
2005/03/17
『学校に自由の風を!』 編:都立学校を考えるネットワーク
2005 岩波ブックレット 71P
この人達には、自由と無法状態を混同しないで頂きたい、と主張したい。
例えば会社で、社歌を唄うことを拒否したら即刻クビでしょう。
君が代を唄いたくないという精神は自由ですが、それなら最初から公務員になってはいけません。
公務員になることそれ自体が、君が代を唄いたくないという己の精神と激しく矛盾しています。
確かに文部科学省はアレですし教育委員会もアレで、横暴なのは事実です。
それに対して労働組合を結成して批判するのは無問題です。
が、そんな儀礼の場で礼儀を欠くのは全くのお門違い。
人に迷惑を掛けなければ何をしてもいい、自由であるべきだ。
そう主張するのであれば、学生が授業中に音を立てずガムを噛んでいても、朝礼に出席しなくても、
教頭のことをザビエルと陰で呼んでいることを知っても、生徒を注意し怒らないこと、自由を認めること。
それができないのであれば、甚だ不快な主張です。
部分的にまともなことを云ってもいますので、気が向いたら拾い読みをしてもいいかもしれません。
推奨度
★
2005/03/16
『スウェーデンボルグの思想』 著:高橋和夫
1995 講談社現代新書 232P
以前読んで、最近また気になり読み直してみて思ったこと。
随分とまぁ神がかった御方です。
自分なりに聖書を一から批判的に読み直したことによって逆にキリスト教界から追い出されることになるとは、
時代が時代だから仕方ないと云えばそれまでですが、科学技術の発明もあまり名が知れず、不運なことで。
ライプニッツと同様にして、まだまだ未研究の著作が多いようで、
これからいっそう紐解かれていくべき人物なことは確かですね。
哲学的面の紹介が物足りなく思ったのは私だけではないはず。
私も原典にあたってみたいものの、スウェーデン語なんてサッパリで……。
どうでもいいことですが、彼の父親の名前がイェスペルで、ニヤリとした人はメロデス好き。
推奨度
★★★★
見出し
科学者としての出発 天文学・機械工学の修業 王国の鉱山技師として 『原理論』の原子論と宇宙哲学 霊へのめざめ
解剖学と霊魂探求 宗教的危機と『夢日記』 神学者への転身 その霊的世界 『天界の秘儀』の出版 死と死後の世界 天界と地獄
「創世記」を読み直す 天地創成の六日間 エデンの園と堕罪の神話 普遍宗教への道 神、宇宙、人間 「救済神」イエス・キリスト
真のキリスト教の復元 晩年の日々 中小の神学著作群 カントによる千里眼批判 異端裁判と予告した死
ロンドンの「新エルサレム」教会
2005/03/14
『ウンベルト・エコ インタヴュー集 記号論、「バラの名前」、そして「フーコーの振り子」』
著:L・パンコルボ/T・シュタウダー/C・ノーテボーム 訳:谷口勇
1990 而立書房 185P
三つのインタヴューが収録されていまして、中心テーマは順に、
記号論、エコの小説二作、エコという人物、といった具合です。
最初のインタヴュー時には、まだ彼は小説家ではなく難物な記号論者として通っていました。
それに相応しくかなり読み込むのに苦労する対談です。
普通は対談といったら一人で語っていくものよりは読みやすいものですが、
二人して性格が悪いのかかなり噛み合っていないところも多く、結構混乱させられます。
とはいえエコの自著よりは読みやすいのではないか、と……。
小説について語っている第二番目のものよりも、最初のインタヴューの方が、
彼の“小説”を読み解く鍵になっていると私は思いました。
まぁ邦訳はその彼の奇術じみたような記号論理解が全くなされておらず凄まじく酷い醜悪なものでして、
私は途中で読むのを止めてしまったので、そのあたり何とも云えませんが……。
滲み出るカリスマ性は、流石チョムスキーと並ぶ御大といったところですね。
薔薇の名前もフーコーの振り子も、改訳されれば最後まで読んでみたいのですが……、
いっそのこと英訳のものを読もうかなー……。
記号論一切無視すれば前者は純粋に楽しめそうなのですけれどね、
後者は本当に訳が大変なことになっているので……。
推奨度
★★★★
大見出し
記号論の魔術 『バラの名前』から「フーコーの振り子」へ 講壇から、ピッツァ専門店から
2005/03/13
『希望はぐくむ学校へ 「新学力観」をこえて』 著:三上満
1995 かもがわブックレット 62P
現在に繋がる“ゆとり教育”の流れを作り出す考えの基ですね。
何でもかんでも変に教え過ぎてしまわず、ゆとりを持たせていく必要がある、と。
加減をしなくてはいけないのですよね、極端から極端へ走ってはいけない。
中庸を行くことは難しいですが、両極を識りながらそれを実践することは、教育には不可欠でしょう。
掬うべき考え方もこの本の中には多くありますので、完全に過去の残骸として捨て去るべきではないですね。
推奨度
★★★★
大見出し
子どもからの贈りもの 「新学力観」を考える 希望をはぐくむ学校へ
2005/03/12
『子どもが孤独でいる時間』 著:エリーズ・ボールディング 訳:松岡享子
1988 こぐま社 96P
表題がかなりマイナスイメージを喚起させるものと思われるのですが、実は真逆です。
独りの時間は自己の内奥へと深く深く沈み込んでいくのに大切なものであるために、
もっと子供には独りだけの時間を与えてやるべきである、といったことを説いている本。
著書は熱心なクウェーカー教徒ですが、その宗教臭さは微笑ましいものなので全然嫌気が差しません。
原著は1962年に書かれたものですし、訳出されたのも1988年と一昔前ですが、
全くこの問題は現在にも付きまとっている厄介なものですね。
推奨度
★★★★
2005/03/11
『鑑賞 歎異抄』 著:五来重
1991 東方出版 180P
原文、駐、訳、駐、解説、という五段構えになっていて、
全18条の歎異抄を仏教文学として鑑賞していくという試みの本。
かといって勝手に解釈を施して楽しんでいくだけのものなどではなく、
背景・歴史をしっかり調べてある上でのことなので、親鸞入門としてもかなりオススメです。
かくいう私も結構思い知らされました。
古典の無条件的な引用は、確かに冒涜的行為ですよねー……。
推奨度
★★★★
見出し
浄土真宗の異議と『歎異抄』 悪人正機と専修念仏 よき人の仰せ 善人と悪人 末通りたる大慈悲心 父母孝養の念仏
弟子一人も持たず候 無碍の一道 非行非善 罪業感と他力 否定の論理 異議と異安心 本願と名号 学問無用論と弾圧 千人殺せ
念仏滅罪説への批判 聖道門と浄土門の成仏の比較 廻心の必要性 辺地浄土論 親鸞一人がため
2005/03/09
『「私」は脳のどこにいるのか』 著:澤口俊之
1997 筑摩書房 216P
かなり早熟で勢いある脳科学者です。
で、そのせいか、かなり驕っているところが見え見えなのですが、
それを差し引いても脳科学入門書としてかなり良い出来具合の一冊だと思います。
なんて、偉そうに云えた程脳科学に詳しくなんかないのですが。
とりあえず、著者も云っているように、科学的論拠で責め立てていっても、
なかなかに納得できないものですよね、“私”の在処なんていうのは。
「どうだっていいよ、生きていくのに困らないし」と云われればそれまでなので、
結局は哲学な問題なんでしょうかねー……。
推奨度
★★★★
見出し
心はどこにあるのか 心は脳の活動である 脳の病としての精神分裂病 心は連合野がつくる 動物に心はあるか
心と身体はどんな関係にあるのか 心脳論をめぐる対立 脳科学者エックルスの二元論 心は脳の特殊なプロセスである
脳をコントロールするものは何か 心脳論の終結 心と脳はどのようにできているのか 心は「小さな心」の集まりである
脳はどのようにできているのか 大脳新皮質とは何か 大脳新皮質の階層性 大脳新皮質のモデュラリティ 多重フレーム説の証拠
統合系のモデュラリティ 自我はどこに生まれるのか 自我とは何か それは前頭連合野にある ワーキング・メモリとは何か
自分自身を知る意識とワーキング・メモリ 自己意識の障害 自分自身をコントロールする意識 サブリミナルな情報処理と自己制御
自己制御とワーキング・メモリ 性格と前頭連合野 ニューロンと自己制御 ドーパミンと自我 自我の脳内メカニズムをさぐる
自我の認知心理学的モデル 自我の脳内モデル 前頭連合野の行動モデュール仮説 前頭連合野のワーキング・メモリ地図
ワーキング・メモリの統合コラム仮説 自我コラム仮説 自我フレームのダイナミクスとしての自我
2005/03/07
『バッハの音楽的宇宙』 著:大村恵美子
1994 丸善ライブラリー 131P
自分でも気付かないうちにキリスト教に対して強い嫌悪感を抱いているのか分かりませんが。
うーん、著者がキリスト教を絶対的に称賛しているところを読むと、
何か物凄く胃もたれするような不快感に襲われます。
アウグスティヌスやアクィナスやキェルケゴールを読んだって別に何ともないのですが、何なんでしょう。
とまぁ、そんな感じで、バッハの解説自体はいいのですが、余計なことがいっぱいくっついてきているので、
結構オススメしたくなくなってしまいました。
後半の宗教編だけ除いて読むのはいいのではないでしょうか。
推奨度
★★★
2005/03/06
『ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所』 著:矢野久美子
2002 みすず書房 161P
今まで結構疑問に思っていたのですが、こういった学術論文の題名に於いて使用される、
“あるいは”って厳密にはどのような意味なんでしょう。
それはさて置き。
今まで私の中でハンナ・アーレントという思想家は、とてつもなく失礼なのですが、
一時期ハイデガーにくっついていた人、くらいのものでした。
正直触れる機会もほとんど無ければ、日本に彼女のことを紹介している本があまりにも少なすぎるからなのですが。
で、この一冊を手に取ってみて、まぁ学術論文なので最初は退屈で固い調子が続き、こんなものかと思っていたら、
そうは問屋がおろさないといったような展開に。
全く以て筆致が痺れるような巧さを感じさせるものではないのですが、何故だか引き込まれていく。
そこがハンナ・アーレントの魅力によるものなのかもしれませんが、著者の実力もかなりのものだと思います。
結論としては、とにかく読んで良かった、これは神学・哲学・歴史学・社会学・政治学問わず読むべき一冊だ、と。
彼女は不器用過ぎましたが、彼女のその21世紀までも超えたような透徹した人間の在り方は、
確実にこれから見直されるべき思想です。
……まぁ、私がその同じ立場にいるものだから、こうして強くプッシュしているわけなのですが。
推奨度
★★★★★
見出し
亡命知識人アーレント アーレントの不在と存在 最後のドイツ系ユダヤ人 「われら」と「亡命者」のあいだ 「政治」と<あいだ>
断崖の思考 「思索日記」の語るもの <対等>の条件 アイヒマン論争と<始まり> 最後の語りかけ 「心」の役割
削除された<始まり> 政治的思考のために 「木の葉」の<身ぶり> <応答>としての<身ぶり> 「木の葉」の自由 残骸の重さ
「戦線」の超越、あるいは中断