読書記録

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2005/08/31

『漱石の疼痛、カントの激痛』 著:横田敏勝

2000 講談社現代新書 214P

頭痛ではこんな人が苦しんでいた、そもそも頭痛とはこういうものであって……、

肩凝りではこんな人が苦しんでいた、そもそも肩凝りとはこういうものであって……、

と、エピソードを紹介してからその“痛み”のメカニズムなどを説明していくという、変わりものの医学関連本。

めったに医学系の本なんて手にとらないので面白かったです。

手が少しあいたら、もっとこういった読んでいない分野に手を伸ばしていきたいですね。

推奨度

★★★★

大見出し

痛みとは何か 頭痛 肩凝り 歯の痛み 痔の痛み 産みの苦しみ 痛風 腰痛 リウマチ 四肢切断と幻の痛み 癌の痛み

痛みを愛するか、死を望むか

 

2005/08/30

『われわれはどんな時代を生きているか』 著:蓮實重彦+山内昌之

1998 講談社現代新書 217P

映画論については、ほとんど映画を観ないもので、へぇ、くらいにしか思えませんでしたが、

最後の三章は現代の史学に対する問題提起なども多くあり、面白く読めました。

山内氏の後の著作『歴史の作法』につながる前段階的なところがありますね。

推奨度

★★★★

大見出し

差異と差別の「差」 不在の書物をめぐって もう一つの「二つの世紀」 「首都」の崩壊または不可視のできごと ある転向と亡命

模倣と反復の倫理 コスモポリタン文化の終焉 ある「虚構」の登場人物について 平重盛の涙とクレオパトラの鼻 知的な「賭け」について

批評家と歴史家の対話

 

2005/08/27

『音楽ノート』 著:フルトヴェングラー 訳:葦津丈夫

1988 白水社 206P

論文の方は、全体として見ると正直にいってそう大したものではないです。

玉石で石の方が多い感、もちろん玉もありますが。

ただ、前半の、カレンダーに書かれたアフォリズムの数々、これは優れものでしょう。

その中から、特に一番気に入ったものを引用。

「およそ肝要なことは、背景を前景とともに、また前景を背景とともに眺めることである。

それが実現しないからこそ、一般に偉人の伝記というものがこれほど退屈きわまるものとなるのだ」

推奨度

★★★★

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カレンダーより 論文と断片 一音楽家の時代的考察 指揮の諸問題 芸術におけるドイツ的なものへの問い 指揮者の仕事道具

精神の死 メンデルスゾーン─没後百年の記念日に寄せて ハンス・プフィッツナーの作品 フィデーリオ ザルツブルク音楽祭

演奏旅行について 混沌と形象

 

2005/08/26

『フランス語が面白いほど身につく本』 著:中野久夫

1991 中経出版 190P

各国名一覧のところ、まだソ連でした……。

l'Unionと出てきて、「ン? 何の連合だ?」と思ったら、ソヴィエト連合。

出版年を見て納得でした。

名詞を覚えよう編、発音編、初級文法編、旅編、中級文法編と分かれていて、

学習者から旅行者まで広く使えるものです。

感触としては、ちょっとカタカナの発音振り仮名が弱いかな、といった感じです。

まぁ、本当は振り仮名なんて無いもので勉強するのが一番なんですが、フランス語は無いと厳しいです……。

推奨度

★★★★

 

2005/08/25

『やさしいフランス語会話』 著:ジャンピエール・アブリアル

2004 三修社 159P

一ヶ月前よりは大分マシな発音になってきた……、と思います。

rの発音はやっぱり難しいですが、何とかかんとか。

文法はロクに覚えられていません。

通読&音読ばっかりなので、当たり前ですが。

とりあえず、声に出して読むことだけは、それなりにカッコつくようになってます、ハッタリかませます。

全然書評も何もしてませんね。

文法の説明は少なくて、会話中心ですので、音読するにはかなり良いです。

推奨度

★★★★

 

2005/08/24

『ファラデー』 著:小山慶太

1999 講談社学術文庫 228P

簡易な文体で書かれたファラデーの伝記。

特徴あるといったら、ファラデー以外の色々な人々についても多く触れられているという点でしょうか。

多分、ファラデー以外の記述が半分近く占めてます。

へぇ、そんな人もいたのか、とか、この人そんなこもやってたのかスゲェ、とか、意外に思わされました。

例えば。

医者であり物理学者であったヤングですが、

ラテン語、ヘブライ語、ギリシア語、ペルシア語、アラビア語、シリア語、イタリア語、フランス語、etcと語学に超堪能で、

ロゼッタストーンの固有名詞をシャンポリオンに先駆けて解読していたりとか。

ファラデーについてですが、統一場の考え方についてはやっぱりほとんど触れられていなく、そこが残念でした。

まぁ、もっとちゃんとした難しそうな本を手に取らなきゃ駄目ってことですかね。

推奨度

★★★★

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新しい科学の台頭 独学の天才 真理を嗅ぎつける実験家 私は自然哲学者 科学のエンターテイナー 清廉高潔の人

ファラデーと現代物理学

 

2005/08/23

『リッター』 著:西村貞二

1995 清水書院 200P

Century Books人と思想。

読後の感想としては、現代ドイツ史学に燦々と煌めく巨人、といった感じです。

古い?

否、リッター史学の理念こそ社会史大流行で停滞している現今に風穴を開けるべきものでしょう。

勿論、古い面もありますが、何でも両面有するものです。

「いつもただ経済的利害だけが政治的行動の決定的動機とみなされ、またそのために、

政治的事件のおこりうる動因の無尽蔵の多様性がもはや顧慮されないならば、

その結果は歴史的思考の名状しがたい貧困である」

アナール派の社会経済史も勿論重要だが、政治史を軽視する傾向だけは看過できないというのは、

リッターと著者は同調して主張しています。

西村貞二さんも今年で御歳92……、長生きして欲しいものです。

推奨度

★★★★★

見出し

生涯と業績 四生の経験 準備期間の業績─1945年まで 権力と倫理 権力のデモニー 近代史における対立 ヒトラーへの抵抗

ドイツの抵抗運動 不滅のゲルデラー伝 フライブルク-クライスと『覚え書』 ドイツのミリタリズム ドイツ史学とミリタリズム

政治と軍事の健全な関係 二人の巨匠 リッターとマイネッケ リッターの九通の書簡 リッター史学の方法と使命 リッター史学の方法

政治教育者的な使命

 

2005/08/22

『色彩の饗宴』 画・文:ウジューヌ・ドラクロワ 編・訳:高橋明也

1999 二玄社 118P

ドラクロワの画だけで推奨度が5つつになってしまう恐ろしい魅力を秘めてる画集。

あまりゴチャゴチャしたことは書けません。

ドラクロワの言葉を引用しておきます。

「人生の中で一定期間打ち込んだたったひとつの仕事が、残りの人生の全てを規定する。

あらゆるものが、その周りを巡るためにやってくる。

帯剣する歴史を心の内にとどめながら、私は二重の生を生きるのだ。

過去は再び私のもとに現れるだろうし、未来はいつでも、そこにある」

推奨度

★★★★★

 

2005/08/21

『『悪霊』神になりたかった男』 著:亀山郁夫

2005 みすず書房 162P

blogから引用。

ドストエフスキーに関する本は、全然近寄らなかったんですが、新刊で出てたので気になって手に取ってみたら……。

私の一番の根幹にあるものが何かと問われれば、多分、ドストエフスキーなんだと答えるしかないかなと思います。

小説読むきっかけとなったのは、ドストエフスキーに出会ってですから。

小学五年のとき、『罪と罰』という背表紙に惹かれて手をとったのが運の尽き。

いたいけな少年の脳味噌にとっては甚だ苛酷な衝撃でしたね。

『悪霊』を読んだのは、中学二年のとき。

『罪と罰』は結局小学生の頭じゃリタイヤするほかなく、中学二年でようやく読めたのですが、

その直後に手にとったのが『悪霊』

ちなみに、サルトルの『嘔吐』を読んで『存在と無』を手に取り哲学の泥沼に脚を滑らせてしまったのが、

中学一年のときのことでしたので、それから一年間、まぁまぁ読めるようにはなっていました、多分、恐らく、きっと。

その頃の将来の夢って、今考えれば何故だろうと首を傾げるほかないのですが、心理学者でした。

いや本当に不思議。

多分それもドストエフスキーの影響を受けたような気がしないでもないですが、そんなわけで、

もちろんその視点が全てというわけではないですが、心理学的、というかフロイト的な視点でも『悪霊』を読んでました。

って、鶏が先か卵が先か、みたいですね。

そのため、マトリョーシャのとこは思いっきりマゾヒズム的意味で捉えてたんですが……。

何とまぁ、これがこの亀山さんの斬新な解釈とのこと!

別に、だから大した解釈じゃないんだよ、とかそういう意味じゃなくて、ただ素直に、やられた、と思いました。

自分の根幹をネズミに囓られているかのような感覚に陥りそうなので、

ドストエフスキーに関する評論は手をつけたくなく、それ故に一般的な解釈なんて全然知らんかったわけですが。

それにしても、何か先を越された、という気がして少し悔しい。

それとともに、よくぞ世に知らしめてくれた!

という賛辞を送りたくもあります。

誉めてくれると嬉しい、という言が書かれていたので、大いに誉めます、ブラヴォー、おお、ブラヴォー!!

で、最後の方まで読んでいったら、あぁなるほど、著者と私の考えがかなりリンクしてるせいか、

と納得できるトコがありました。

引用しましょう。

「そう、テクストというのは、いったん作家の手を離れたが最後、

必ずしも書き手の言いなりにならなくてはならない道理はないのです。

独立した自由な生き物になるのです。

そして、かりにこれが誤読だとしても、私はこの誤読を大きな誇りとし、

できるだけ多くのドストエフスキーファンに吹聴したいと思います。

何しろ、真理は一つだけなんてことは文学では絶対にありえませんからね。

数学や物理学の世界とはちがうのです」

まぁ、数学はともかく物理学はどうなんだろう、という疑問こそあれど、文学に関してはその通りでしょう。

推奨度

★★★★★

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なぜ『悪霊』なのか 「神」のまなざし 少女はなぜ死んだのか?

 

2005/08/20

『現代科学論の名著』 編:村上陽一郎

1989 中公新書 192P

こういった書評集のようなものは何だか好かんと思っていましたが、偏見ですね、駄目です。

簡単に云って、挙げられているそうそうたる人々の簡易入門小論集としていいでしょう。

以前他で触れたときとは全然違った感触を、それぞれから得ました。

ホワイトヘッドは……、まぁ、相変わらず、この中で一番難解で……。

バシュラールは、ポーの詩論に深く惹かれました……、が、ここでは全然触れられていません。

シュレーディンガーは、特に変わらぬ印象、やっぱスゲェ。

マンハイムは、知識社会学の創始者としてしまっていいんでしょうかね。

「すなわち、例えば、デカルトやカントの思考を、全く個人のものとして、その内部で自己完結的なものとして理解し、

その歴史的・社会的状況との関連を無視するのではなく、

それを歴史的・社会的な状況の中からの産物として理解しようとするのが、知識社会学なのである」

ウィトゲンシュタインも、特に変わらぬイメージ、あぁ、変人だ。

ポパーもまた変わらぬイメージ、古臭いとか言われてるけど、そういう面も大きいけど、反証可能性論は重要ですよ。

ハンソンは、あまり知らなかったんですが、クーンやファイヤアーベントに連なる系譜の元なんですね。

解釈の定義など、リュシアン=フェーヴルという視座を得た今、ヤッバイくらいにソレと合致して、大興奮です。

ファイヤアーベントは、やっぱり科学哲学の極北にいる人として紹介されてました、

コイツより究めてる科学哲学者はいない、と村上陽一郎氏は云ってます。

で、ファイヤアーベントもまた、ヘルダーという視座を得た今、また違った見方ができるようになり、大興奮。

サックレーは、数少ない化学哲学者なんですね、翻訳が全然出ていないとのことで、

私もこの中では唯一サッパリ知りませんでした、今では出てるんでしょうか。

大森荘蔵は、昔少し読んで面白いと思ったきりで、全然触れてませんでしたが、やっぱり面白い、

今度折に触れて読んでみます。

締めに、広重徹。

日本における科学思想研究の先駆けとなった方で、本著の最後を飾るには相応しい人でしょう。

思想などにはほとんど触れられていませんが、業績について語られています。

推奨度

★★★★★

大見出し

ホワイトヘッド『科学と近代世界』 バシュラール『否定の哲学』 シュレーディンガー『生命とは何か』

マンハイム『イデオロギーとユートピア』 ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』 ポパー『推測と反駁』 ハンソン『科学的発見のパターン』

クーン『科学革命の構造』 ファイヤアーベント『方法への挑戦』 サックレー『原子と諸力』 大森荘蔵『物と心』 広重徹『科学の社会史』