読書記録
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2006/07/07
『プラグマティズムの思想』 著:魚津郁夫
2006 ちくま学芸文庫 342P
放送大学のテキストをもとにしている素晴らしいプラグマティズム入門書。
昨今、プラグマティズムの入門は本当に少ないので稀少でありがたいです。
背景としてのアメリカ史、プラグマティズム前としてエマソンやソローやトウェイン、それからパース、ジェイムズときて、
ミード、デューイ、それからモリスやクワイン、果てはローティまでを紹介。
後半はいわゆるプラグマティズムからはずれている人々がいかにプラグマティズムを継承し批判してきたか、
その批判が妥当なものだったか再批判、という流れです。
大体、パースは微妙な立ち位置ですが(多くは記号論ですか)、
ジェイムズは王道的にプラグマティズム哲学、デューイは教育学、
ミードは最近ようやく注目されてきていて、モリスとクワインは論理学、ローティはポストモダンとして、
分かれ分かれで語られる場合が多いので、こうしてひとまとまりにして論じられているのが素晴らしい。
これに加えてホワイトヘッドなんかも論じられれば完璧だったのですが、難しいですか。
推奨度
★★★★★
大見出し
現代アメリカ思想の背景 プラグマティズムの登場 パースの「探求」と真理 パースと記号論 パースの「アブダクション」と可謬主義
ジェイムズと真理 ジェイムズと宗教 ジェイムズの「純粋経験」と多元論 ミードの「社会的行動主義」と言語論 ミードと自我論
デューイの「道具主義」と教育論 デューイと真理と宗教 デューイと善と美 モリスの思想とクワインの思想 ローティのプラグマティズム
2006/07/06
『いちばんやさしい憲法入門 第3版』 著:初宿正典/高橋正俊/米沢広一/棟居快行
2005 有斐閣アルマ 249P
有斐閣のこのシリーズは、優れた教科書という感じのつくりで無難に良い出来です。
いちばんやさしいという名前を自称するだけあって、
なるほど教科書体のものとしてはそれに相応しい易しさだと思います。
ただ、どうして日本は自衛権を完全に排除しなかったのかというところについて、
GHQ側のマッカーサーとその部下の遣り取りなどが抜け落ちているというのは、少々いただけないのですが。
それと中には微妙な対話編がありますが、分かり易さを狙ってやったはいいものの、
錯綜してちょっと逆に分かりにくくなっている節がなきにしもあらずです。
とはいえオススメ。
推奨度
★★★★★
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校則は拘束? 欲しいのはまず選挙権 わたしの秘密 何の自己決定か? 再婚は半年後? むかし親殺しありき 法廷の宗教戦争
ポルノの権利 人殺し教えます 教科書はつらいよ クーラーのない生活 銭湯の楽しみ 罪と罰のはて 人権の条件 皇室外交?
裁判はだれのために だれが憲法の番をするのか 両院は車の車輪 民の声voc Dei? 首相の選び方 住民投票で決着を!
憲法の変身
2006/07/05
『生命保険の知識<新版>』 編:ニッセイ基礎研究所
2001 日経文庫 214P
日経文庫は何故日経新書でないんだろう、という疑問はさておき。
生命保険の基礎知識、基礎理論を知りたいならコレという手堅い一冊。
実際の保険会社を比較してどうのこうのというわけではありませんので、そもそも保険はどういう仕組みで、
保険会社はどのようにして成り立っているか(ソコのところはそんなに突っ込んでないかもしれませんが)、
というところを述べています。
なので、需要からしたら、表面的に過ぎるという面がなきにしもあらずですが、
ソレはまたソレで別の本を探して読めばいいというだけのことです。
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★★★★★
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生命保険の仕組み 生命保険にはどんな種類があるか 個人向け生命保険を選ぶ 申し込みから成立まで 暮らしと保険
21世紀の生命保険
2006/07/04
『フーコー 他のように考え、そして生きるために』 著:神崎繁
2006 NHK出版 126P
シリーズ・哲学のエッセンス。
毎度のことで、このシリーズは入門書ではないです。
フーコーそのものを語るというよりは、他思想家達を援用してそれとの関わりから語っていくという形ですので、
フーコー以外の、例えば、
プラトン、デカルト、カント、ニーチェ、フッサール、ハイデガー、カッシーラー、パノフスキー、メルロ=ポンティ、デリダ、
あたりに詳しいと分かりやすくなることでしょう。
そもそも、「フーコーそのもの」なんて無いだろうというような姿勢なのですが。
章分けしている三つの論点は、それぞれ(の)フーコーの核心を衝いていて上手いですね。
ただこれだと、フーコーの独創性などは分かりにくいかもしれません(まぁ、
「独創性」なんて無いヨ、っていうことなのかもしれません、だとするとよりいっそう巧い)
推奨度
★★★★
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タブローとしての世界─「主体」と「対象(客体)」の逆転 脱自(エクスタシー)の振動─狂気と正気、夢と覚醒、拘束と自由
真理のゲーム─「生の技法」と「パレーシアー」
2006/07/03
『生贄』 著:ジョルジュ・バタイユ 訳:生田耕作
1999 サバト館 47P
基本的に何を言っているのだかよく分からないのですが、何となく分かるような気がしますし、
そもそも文章自体が面白く錯綜している変態的な楽しさがあるのが、バタイユ。
生田氏でなくてはこんな訳ができないだろうな、というか、よくこんなうまいこと訳せるモンだ、
と感心させられてしまいます。
ページ数少ない割にやはり高いですし入手困難ですが、図書館などでありましたら、是非手に取ってみては。
「<私>の、そして(私の構造であるだけでなく、
私の色情的恍惚の対象でもある)時間の幻覚的存在を主張する意味は、
深奥な存在をそなえた事物が下だす判定にその幻覚を服従させるべきであるということではなく、
それを閉じ込めた幻覚のなかに深奥な存在を投げ込まねばならないということである」
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★★★★
2006/07/02
『西洋哲学史 古代から中世へ』 著:熊野純彦
2006 岩波新書 257P
引用文を多くもってきて、原典(和訳ですがラテン語併記もアリ)そのままを伝えようという努力がある他、
途中多くの近現代思想家が出てきて、まったくの初学者は混乱するかもしれませんが、
別段その部分を読み飛ばせば何ということもなく、逆にちょっと詳しい人にはなるほどと思わせたり、
ニヤリとさせたりできるという、美味しい作りの本になっています。
人選もなかなかマニアックな手の届きにくいところなども紹介していまして、
例えば新プラトン主義はプロティノスで有名ですが、その他にプロクロスのこともページを割いて論じています。
名前を列記してみましょうか。
タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス、ピタゴラス学派、ヘラクレイトス、クセノファネス、パルメニデス、
エレアのゼノン、メリッソス、エンペドクレス、アナクサゴラス、デモクリトス、ソフィスト達、ソクラテス、ディオゲネス、
プラトン、アリストテレス、ストア派、メガラ派、アカデメイア派、ピュロン主義、フィロン、プロティノス、プロクロス、
アウグスティヌス、ボエティウス、偽ディオニシオス、エリウゲナ、アンセルムス、トマス・アクィナス、スコトゥス、
オッカム、デカルト。
ふむ、エピクロスがいませんね。
ところで岩波新書、カヴァーも変わりましたが、中の紙質も変わりましたね。
何かいやにツルツルしていて変な感じです。
推奨度
★★★★★
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哲学の始原へ ハルモニアへ 存在の思考へ 四大と原子論 知者と愛知者 イデアと世界 自然のロゴス 生と死の技法 古代の懐疑論
一者の思考へ 神という真理 一、善、永遠 神性への道程 哲学と神学と 神の絶対性へ
2006/07/01
『ギュスターヴ・モロー 絵の具で描かれたデカダン文学』 著:鹿島茂
2001 六曜社 118P
19世紀の大画家といってまず挙げたい一人が、モロー。
特に、後の幻想美術、超現実に繋がっていくという点でも、彼自らが言ったとおり「橋」であり、
橋に過ぎないなどということは当然ない……、何というか、
ヴィトゲンシュタインが言うところの、のぼり終えた梯が、いつのまにか頭の上に乗っかっているというような、
そんな存在の画家であることが、よくよく分かります。
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★★★★★
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孤高の芸術家 ロマン派からの出発 モロー芸術の確立 世紀末文芸への衝撃 モローの女性観 モローを継ぐものたち
2006/07/01
『異説・近代藝術論』 著:サルヴァドール・ダリ 訳:瀧口修造
1958 紀伊國屋書店 133P
文章も超現実主義的というか、ダリ節、ポストモダンのあのワカラン文章は、ダリから来ているのか、
と思ってしまうほど。
そしてめっちゃくちゃ毒舌です。
引用するのが一番分かりやすいでしょう。
「裏返しにされた、つまり崇高なものに憧れるニーチェ主義者のように、われわれは肉眼をもって、「自然から」、
かの反プロトン的天使の破裂するのを観ることができるであろうし、その破裂の神々しさに、
われわれはついに夜鶯のような実体の分裂した染色体のあいだにこの画家の手を突っ込んで、
痛々しい血脹れのした指で、わが青春以来の憧憬の的であった不連続性の宝庫に手をふれることができるであろう」
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★★★★
2006/06/30
『憲法はむずかしくない』 著:池上彰
2005 ちくまプリマー新書 189P
これぞ憲法入門!!
と太鼓判を押してオススメできる一冊です。
今まで読んできたのは、憲法一般論だったり、法哲学であったり、改憲のススメだったり「護」憲のススメだったりと、
日本国憲法入門と呼べるようなものは無かったのですが、これはまさしく間違いなくソレ。
とにかくプリマー新書というだけあって、すんなり読めるので、中学三年生あたりからオススメ。
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★★★★★
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憲法があって初めて国家がある 日本国憲法はこうして生まれた 日本国憲法を読んでみよう
第九条が常に争点になってきた 憲法は変えるべきなのか?
2006/06/29
『可能現実存在』 著:ニコラウス・クザーヌス 訳:大出哲/八巻和彦
1987 国文社 280P
本分自体は100Pちょっと。
注釈に100P以上という浩瀚さに、日本の西洋中世哲学水準が高いと言われる所以を垣間見ました。
相変わらずクザーヌスさんは難しいというか、いやクザーヌスからしたら単純な一本道なのでしょうが、
読む側からすると分かりにくい、ヤスパースの解説でも読んでみようか……。
とりあえず、本著は晩年の著作なので、隠れてる神様を論じたそれまでの著作にあたってから、
こちらにぶつかってみるのがよろしいかと。
クザーヌス枢機卿含めた三人の対話編です。
「あらゆる<現実存在者>existensは、
<現実に存在するところのもの>id quod est actuであることが可能であるのですから、
このことから私たちは、
<絶対的な現実性>actualitas absoluta──<現実に存在しているところのものども>(ea)quae actu suntが、
それによって<現に存在しているとおりのもの>id quod suntとして存在することになるそれ──を認知します。
例えば、私たちが感覚的な目によって白いものを見るとき、
それがなければ白いものが白いものでなくなる白さalbedoを知性的にintellectualiter洞察しているのと同様です。
それゆえ、現実性が現実に存在するときには、その現実性はたしかに、存在可能でもあるのです。
というのは、<存在不可能なもの>impossibile esseは存在しないはずですから。
また絶対的な可能性自体は可能posse以外のものではありえません、
ちょうど、絶対的な現実性も可能態actus以外のものではありえないようにです」
推奨度
★★★★