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幸田露伴

「着手の処」

底本:『努力論 改版』岩波文庫、2001

入力校訂:ピュシス

 

 

 


 着手の処の不明な教えは、如何に崇高な教えでも荘厳な教えでも、あるいは正大円満な教えでも、教えらるる者にとっては差し当たり困却を免れぬわけである。

 本来をいえば、教えには着手の処の不明なものなぞがあるべきわけはない。

 しかし吾人は実際その旨意が甚だ高遠であることを感ずるが、それと同時に、漠として着手の処を見出し難いのに遭遇することが少なくない。

 それも歳月がたってみると、実は教えそのものが漠として着手の処を認めしめないのではなくて、自分がある程度に達していなかったそのために、着手の処を見出し得なかったのだと悟るのであるが、それはとにかくに、ややもすると着手の処を知り得ない教えに遭遇することのあるということは、誰しも実験する事実であるらしい。

 戯談ならば論理的遊戯ともいうべき謎のような教えもよいが、実際の利益を得ようという意で教えを請うのに、さて着手の処の分からぬ教えを得たのでは実に弱るわけである。

 そこで問う者は籠耳になってしまって、教えは聞いたには違いないが何らの益をも得ずに終わるということも少なくない。

 それは聞く人にも聞かせる人にも不本意千万なるに相違ない。

 教えというものもともすれば一場の座談になる傾向がありはしないか、そしてまたいわゆる籠耳で終わる傾向がありはしまいかと危ぶまれるけれども、もし左様であったならば、それは聴者にも談者にも、着手の処ということが強く印記されていなかったためとして省みなければならないので、教えそのものについて是非をすべきではないのであろう。

 

 着手の処、着手の処と尋ねなければならぬ。

 播種耕耘[はしゅこううん]のことを学ぶとしても、経営建築のことを学ぶとしても、操舟航海のことを学ぶとしても、軍旅行陣のことを学ぶとしても、画を学ぶとしても、書を学ぶとしても、着手の処、着手の処と逼[せま]り詰めて学ぶのでなくては、百日過ぎてもまだ講堂の内に入らぬのである、一年経っても実践の域には進まぬのである。

 どうして心会体得のなんのという境地に到り得るものであろう。

 何でもかでも着手の処を適切に知り得て、そしてそこに力を用い功を積んで、そしてそこから段々と進み得べきではあるまいか。

 さてそうならば着手の処はどのようなところであろうか。

 それはけだし学ぶところのもの如何によって違うであろうから、今直ちにこれを掲げ示すことは出来ぬが、一般の修養の上からならば、教うる者においては敢えて示せぬではなかろう。

 けれども着手の処、着手の処と逼り詰めて、人々各自がその志すところの道程においてある点を認め出した方が妙味があるであろう。

 汝、脚あり、汝、歩むべし、汝、手あり、汝、捉るべしである。

 


 

 

 

私的雑感

「歳月がたってみると、実は教えそのものが漠として着手の処を認めしめないのではなくて、自分がある程度に達していなかったそのために、着手の処を見出し得なかったのだと悟るのである」

これなんぞは身に沁みる言葉ですね、振り返ってみてよくあることだと思います。

結局、受け皿がしっかりしていなければ、入れるべきものは容れられないわけですよ。

受け皿、入れるというと、受動的ですが、自分の眼が暗がりの中の入り口を見つけられるほど明るさを持っていなかった、と言い換えれば、この具合の比喩となるでしょう。

 

露伴の文体は、非常に硬質で、読むだけで身の引き締まる思いがします。

語りがこんな具合だったら、非常に格好良いだろうなあ、と……。