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島崎藤村

「本居宣長」

底本:十川信介編『藤村文明論集』岩波文庫、1988

入力校訂:ピュシス

 

 

 


 明治維新に対する本居宣長の位置は、あたかもフランス革命に対するルソーの位置に似ている。

 かれに『ヌーヴェル・エロイーズ』があれば、これに物のあわれの説があり、恋愛の説があるのも似ている。

 わたしは儒教風な男女関係の教えに対して大胆に恋愛を肯定してみせた最初の人は明治時代の北村透谷だとばかり思っていたが、本居宣長の恋愛観に接した時に、この自分の考え方を改めなければならなかった。

 この人の恋愛生活を探って行ってみたら、どんな思いがけないものが、出て来まいものでもあるまいという気もする。

 ともあれ、あのルソーとほとんど時代を同じくして、東西符節を合わせたように「自然に帰れ」と教えた人がわが国にも生まれたということは、不思議なくらいに思われる。

 たとえ、その「自然」の内容に関しては、東西おのずから異なるところがあり、そう概括的には言ってしまえないまでも。

 

 本居宣長は新しい時代を感知しそれに呼びかけ、またその道をあけたというべき人で、徳川時代を見渡したところ近代人の父とも呼ばるべきはおそらくこの人かと私は心ひそかにそう思ってきた。


 

 

 

私的まとめ

島崎藤村の本居宣長に対する評価は、ルソーと並ぶものとして、高い。

短いですし、本居宣長に明るくないので大したことが云えません、はい。