他愛もない対話篇

02

 

 

 

登場人物

澄杜瑞羽(すみもり みずは/18歳/男)=大学一年生・専攻未決定

坂原真奈(さかはら まな/23歳/女)=大学院博士課程前期二年生・哲学専攻

 

 

 

 

 2005年4月下旬。

 先程、事務室へ単位登録の手続き書類を提出してきた澄杜瑞羽は、二週間ぶりに哲学科研究室へ行くことにした。

 一応報告をしておかねばと思ったからというのもあるが、何よりも話したい問題があった。

 

瑞羽「真奈、いる?」

真奈「あぁ久しぶり、構内じゃ全然見かけないね」

瑞羽「そりゃまぁ……、広いからしょうがないんじゃない」

真奈「それはそうだけど……、で、今日は何?」

瑞羽「お美しい真奈お姉様の顔を見に」

真奈「という冗談は置いておいて」

瑞羽「折角、人が奇しくも珍しいことを言ってあげたのに何で乗らないのさ」

真奈「だって正直キモかったから」

瑞羽「うわ、酷」

真奈「人間、許容範囲というものが各々に設けられているものなの」

瑞羽「針はどれくらい振り切った?」

真奈「三回転半宙返り」

瑞羽「あぁそう……、そんなに意外だったか」

真奈「そりゃもう」

瑞羽「反実な修飾語をつけてしまったのが問題だったのかな」

真奈「……」

瑞羽「痛いです、ほっぺた引っ張らないで下さい」

真奈「私もそんなに暇じゃないんだけどな」

瑞羽「あぁ、うん、ホラ、今日単位登録だったから、一応報告にさ」

真奈「ふぅん、今日だったっけ」

瑞羽「何か全然興味無さそうだね」

真奈「事実興味無いし」

瑞羽「うわー、もうコイツ最悪」

真奈「そういうことは口にしないものだよ」

瑞羽「ふぁい、痛いので引っ張らないでください」

真奈「私の受け持ったやつ取った?」

瑞羽「あぁ、それそれ、そのことなんだけどさ」

真奈「ん?」

瑞羽「何で、一介の博士前期の学生が非常勤で受け持ってんのさ」

真奈「そんなの私が優秀だからに決まってるじゃない」

瑞羽「うわー、自分で言っちゃったよこの人」

真奈「ここで頬を引っ張るのは芸がないね」

瑞羽「全くその通り」

真奈「それと同じ反応をして欲しいものだったけど」

瑞羽「そりゃ、真奈が優秀なのは百歩譲らなくても認めるよ」

真奈「でも僕の方が優秀だし、とか続けたら、お尻ペンペンね」

瑞羽「先生、それはセクハラ発言と受け取ってよろしいですか」

真奈「ふぅん、私の授業受けるんだ」

瑞羽「ん、まぁ、ね、何とんちんかんなこと話すんだか興味深いし」

真奈「そんな、概説なんだから大したこと言わないって。っていうか、単位登録の前の、何で出なかったの?」

瑞羽「いや、この大学がこんなバカな真似をしているとは夢にも思っていなくて」

真奈「そこまで人を小馬鹿にしてくれちゃって、講義中アンタに話振るよ……」

瑞羽「注目はされたくないんだけど」

真奈「それじゃあ、晴れて皆の前で、恋人宣言しちゃおっか?」

瑞羽「そういう全身に発疹が出そうなくらい気色悪いこと言わないでくれない? 大体何歳だよ、しちゃおっか、って……」

真奈「……」

瑞羽「ぐっ、ぐるじっ、ぐげっ……!!」

真奈「それで、他には?」

瑞羽「げほげほっ」

真奈「ウィルス撒き散らさないでくれる?」

瑞羽「変な誤解を招くようなこと言わない」

真奈「で?」

瑞羽「んー……、現今の教育問題について」

真奈「何か言いたいことでも?」

瑞羽「真奈は無いの?」

真奈「あり過ぎてあり過ぎて……、ずっと腹の裡に溜め込んでいるから、もう腐っちゃってるくらい」

瑞羽「第一に主張したいこと」

真奈「日本語教育」

瑞羽「あぁ、同じじゃん」

真奈「ある程度の眼識があれば誰だってそこに行き着くって」

瑞羽「ん、そりゃ、ね」

真奈「何でまた? そりゃ、今色々見直ししているみたいだけど」

瑞羽「いやね、この前からバイト始めたんだけどさ」

真奈「へぇ? 何を?」

瑞羽「手早く手堅く家庭教師」

真奈「瑞羽みたいなひねくれ者なんか雇っちゃって、まぁ、可哀想に……」

瑞羽「うるさいな、ちゃんと嫌味の一つも言わずに我慢してやっているよ」

真奈「それが当たり前なんだけどね」

瑞羽「でさ、どれくらいの学力があるか、試験してみたんだよ」

真奈「対象の学年は?」

瑞羽「対象って……、また随分な。中二なんだけどさ」

真奈「うん、それで? 国語がボロボロだった?」

瑞羽「いや、そこそこはいってたんだけどね」

真奈「うん」

瑞羽「もっと国語で点が取れるようになりたいって言うんだよ」

真奈「そりゃ、その為に家庭教師つけるんだから」

瑞羽「うん、だからさ、どう勉強したらいいのか、って訊いてきてね」

真奈「勉強法が確立されていない教科の代名詞といったら、国語だからね」

瑞羽「それだよそれ、それがおかしい」

真奈「ん?」

瑞羽「勉強法が確立されていない。いや確かに自分だってロクにコレといった勉強を国語に於いてはしてきていないから何とも云えないってのはあるんだけどさ」

真奈「うん」

瑞羽「例えば小説なんかは、経験値積むしかないと思うんだよ」

真奈「そりゃね。そもそも、小説は技巧の問題だけを取り上げるべきで、内容に深く突っ込むべきじゃない」

瑞羽「そうだね、コレは問題出題者側が断然悪い」

真奈「論点は、小説やら詩やらの鑑賞ではなくて、論理性を持った文章の読解、というわけね?」

瑞羽「そうそう。コレには技がある、解法がある」

真奈「うん……、でも、そうだね、私も誰かからそういうのを学んだ記憶って無いなぁ……」

瑞羽「そうなんだよ。そういうのを今の教育は教えていない。その生徒にさ、少し手ほどきしてみたんだよ」

真奈「どんなの? 起承転結とか?」

瑞羽「それも、だね、論理展開の種類は起承転結だけじゃない、っていうのを教えたら驚いてたよ」

真奈「まぁ、中学生くらいじゃ起承転結だけで充分だとも思うけど」

瑞羽「知識は蓄えておいて損することは無いよ、どうせ後年になれば嫌でもシナプスが死んで記憶力が低下するんだから。ついでに肌細胞も比例して死に始めるよね」

真奈「何ソレ、私への当てつけ?」

瑞羽「いひゃいいひゃいいひゃい」

真奈「で、他には何を?」

瑞羽「本当にごくごく基礎的な当たり前のことだよ。逆接の後には前述よりも重要なことが書かれているだとか」

真奈「……あぁ、知らないんだ、そういうことすら」

瑞羽「うん、そりゃもっと察しの良い子なら気づきもするんだろうけどさ、授業で取り扱って教えるということは無いみたい」

真奈「そんなこと小学生のうちにするべきだと思う」

瑞羽「その通りだよ。だってさ、そんなことを教えないで、どうして論理読解ができるわけ?」

真奈「……何となく経験則的に?」

瑞羽「問うまでもないと思うけどさ、結論を導き出さない帰納法に何の価値がある?」

真奈「個別の事柄にあたるだけあたっといて、それだけでハイお終い、ってこと?」

瑞羽「そう」

真奈「それこそ無価値極まりないね」

瑞羽「現今の国語教育って、そういうことじゃない?」

真奈「個々の文章を読んで、それを解釈して生徒に教え、終わったら次へ……」

瑞羽「そしてそれらの論理的文章の共通性やら、根底にある読解方法というものを教えない」

真奈「……はいはい、言いたいことは完全に掴めた」

瑞羽「数学でこういうことって有り得るかな」

真奈「まず無い」

瑞羽「例えば、ルートの性質を教えない」

真奈「それで二次方程式でも解きまくる?」

瑞羽「うん」

真奈「まぁ、何とな〜く分かる子も出て来るとは思うけど……、例えばテストで同じ問題出しても、解くことできない子も多そうかな」

瑞羽「まさに今の国語教育はそれだよ」

真奈「あぁ、そっかそっか。国語の定期テストって、授業で解釈をほどこした問題がそのまま出るもんね」

瑞羽「でしょ? 社会と違って暗記することも殆ど無い、文中にヒントが思いっきり書いてあるから。本来なら満点とは言わずとも高得点がとれておかしくはないんだけど……」

真奈「数学なんかは数値の入れ替えとか、授業でやっていない応用問題が出たりする。それは何故かといったら、数学はきっちり演繹法でやっているから」

瑞羽「そういうこと。演繹法は応用をきかせられる。土台がしっかりするからさ。初等教育なんて演繹法でガンガン進めていくべきだよ。使える道具をきっちり持たせるべき」

真奈「うんうん。それにしても、何か今日は、瑞羽が持ってきた問題の割にはえらく簡単じゃん」

瑞羽「……そんなにいつもは難しいことばっかりだった?」

真奈「今回なんて、自分の中に答えが既にあったでしょ?」

瑞羽「あぁ、うん、まぁね」

真奈「私としては為になったから良いけど、私の口から何が聞きたかったの? って感じ」

瑞羽「え、それは……、あれ、思い当たる節が無いなぁ、何でわざわざこんなこと……」

真奈「……寂しかったの?」

瑞羽「は?」

真奈「だから、自分の自信ある意見を私に聞いて欲しかったんでしょ」

瑞羽「……寝言は寝てから言ってくれないかな」

 

 ……

 

真奈「あ〜あ、顔紅くして行っちゃった……、ったくもう、可愛くてしょうがないんだから」