『黒猫』ネタバレQ&A
はじめに。
『黒猫』は無限解釈性を前面に押し出しているですので、これが解答というものはありません。
読後に感じて貰えたものが全てと云ってもいいです。
ので、余程気になってしょうがないという人以外は、以下を読む必要性は特に無いと思われます。
ただ、読んで貰った上で、こういう解釈もある、という掲示板への書き込みなどは大歓迎です。
そもそも、書き終えてからもう一年以上が経っているので(2005/01/30時点で)
作者の考えやら意図やらなんてのは完全には分かりません。
後書きに書いた通り、私も一解釈者として、このQ&Aに臨んでいるばかりです。
Q 黒猫プルートゥの存在は、結局集団幻覚ということなのでしょうか(riffさん)
A そうかもしれませんし、違うかもしれません。
……という答えだけでは無為なので、少し補足を。
一番最後の“近所で黒猫の姿を見た者は誰もいなかった”というモノローグでそう思ったのでしょうか。
私が考えられることは主に三つくらいですね。
登場人物が皆どこか狂っていてありもしない黒猫に振り回されていただけなのかもしれません。
プルートゥは本当に悪魔の使者もしくは悪魔そのものだったのかもしれません。
または。
私達は、それほど身の回りのことを知り尽くしているものでしょうか。
近所にどんな猫がいて、それが野良猫か飼い猫か、どんな猫か、把握しているものでしょうか。
あくまでスポットライトがポー家に当たっていたから黒猫の存在が目立っていたというだけのことで。
周りは己が思っている以上に己に対して無関心なものだったりするのが世の常なのではないかと。
Q エドガーは生き残ったということなのでしょうか(riffさん)
A さすがに死んだと思います。
生き返ったかどうかは別として。
Q エドガーの狂気については、フーコーも考慮に入れてのことでしょうか(riffさん)
A これは解釈問題ではないので気軽に答えられます、はい、入れました。
“狂気”というテーマを扱うに際して、20世紀後半に生まれた者として避けられないのは、フーコーの存在でしょう。
余計なことを語りますと、何が“狂気”なのかという主題が『黒猫』に通底しているのでは、というのは比較的簡単に推測できるものかと思います。
ついでに云うと、“正常”と“異常”の境界条件は何か、というのも同様にして。
「エドガーは果たして狂っていたのか?」
という問い掛けは、結構のプレイヤーが持ったものかと思います。
まずその疑問の浮上自体が、20世紀以降のものということは理解しておいて欲しいことです。
19世紀までの人々の意識構造(フーコーの用語で云えばエピステーメー)では、エドガーはあっさり狂者に区分されることでしょう。
エドガーが狂っていたかどうかという疑問を浮かべる人間も、狂っていると見なされる時代というのは確実にあったのです。
私自身フランス現代思想というのはあまり肌に合わないというか好きになれないところが多いのですが、『黒猫』がフーコーとバルトに大きく負っているあたり、そうでもないのかと思わざるを得なかったりもします。
これについては、もっと突っ込まれればもっと答えられますが、取り敢えずこのあたりで。
Q マーガレットとレイの過去について(riffさん)
A うーん……、何て答えたらいいものやら……。
マーガレットについては、ヴォイスドラマを演じてくれた貴坂理緒さんの美声をお聴き下さい。
レイについては、一番謎の多い男でしょうから疑問も多いかと思いますが……。
色々と設定などはあるのですが、多分ずーっとお蔵入りになることでしょう。
帝政ロシアのポグロムに遭ったとか。
まぁ、要望が多ければ、色々と短編を書いてもいいですが、今のところ何もありませんし。
Q 一番最初に起動した時に出てくる東洋哲学の一句について(riffさん)
A Bias Crashersの自作品に対する座右の銘みたいなものと思って貰えれば可です。
『黒猫』に於いては、特に、無限解釈性を謳っているものとでも考えて貰えれば。
個人的にもとても好きな一句です。
Q あれは本物の切り裂きジャックだったーっていう意味なんじゃないですか?(篠原寛司さん)
A その解釈も面白いですね。
マーガレットを殺したのはエドガーとは全く関係無い、本物の切り裂きジャック。
その際の傍にいた黒猫の存在についてはどう解釈しましょうか。
“狂者”の定義はまた別に置いておいて、狂者は黒猫に魅入られ易いとか。
または、黒猫は本物の悪魔で、人間を誑かしては狂気に陥れていくとか。
その場合は、偶々、名称不詳の何処の誰だか分からない男性が、黒猫によって切り裂きジャックに仕立て上げられた、とかいうことになりますね。