反復可能性
デリダによる論で、これこそが言語の本質であるとされる。
ことばは相対的なものであり、本来は意味を成さない単なる音の連続体を、一定の条件下で何度も繰り返し使用していくことによって意味づけられていくと云うものである。
故に、たとえ発語者の意思が発語内容とは異なっていたとしても、それによって言語の本質が損なわれるなどといったことはなく、それこそがまさに言語の本質なのであるとし、オースティンやサールの唱えた言語行為論と対立した。