シニフィアン=シニフィエのディレンマ
ソシュール言語学における私的言語批判で、自分の気持ちは決して言語化できないというもの。
たとえば「私のこの気持ち」という表現をしたとすると、そこに使用された指示代名詞である「この」はありとあらゆるところにおいて使用されているため、変質してしまっていると云える。
これと同じことをヴィトゲンシュタインも「私的言語のディレンマ」という云い方で述べている。