社会契約思想──ホッブズ、ロック、ルソー

 

 

 社会契約説の定義は、「17〜18世紀のイギリス・フランスなどにおいて展開された社会思想で、自然法思想にもとづき、社会・国家は人民との契約によって成立すると主張するもの」である。

 

 この社会契約思想の思想家として挙げられるのが、ホッブズ、ロック、ルソー、スピノザ、ライプニッツ、カントらであるが、ここでは前者3人を取り挙げることとする。

 

 まずホッブズであるが、彼は人間を性悪説で捉えた。

 つまり、自由競争が自然状態で、一つの同一物を複数人で求めるが故に「万人の万人に対する闘争」状態となってしまい、そこには正義も道徳も有りはしない、とする。

 これを防ぐ為に、人々を統制する強力な国家が必要であると主張し、彼はそれをリヴァイアサンと呼んだ。

 政体としては王制が最善であるとするが、その国家は人間の自然権=自己保存権を守ることを第一目的とするため、それに反することを人民に押しつけることはできない。

 しかしそれ以外のことに基づく論理で国家を批判することも禁止される。

 

 次にロックであるが、彼は人間の心は元来タブラ・ラサであるとし、後天的に善にも悪にも転がるために、教育の重要性を説いた。

 また、子は教育を受け成人したら親を離れ大人にならなければならないとし、家父長権的思想には反対した。

 それと類似して王権神授説に対しても、フィルマーの論を聖書には書いていないことだとして反駁した。

 ロックはリベラリズム思想の持ち主で、自然権も自己保存権の他に所有権を含め、さらに宗教もカトリックと無神論以外のものは認めるべきとした。

 統治に関しては、立法は行政より優先されるとし、人民優位を推した。

 主権者が人民に対して明らかな悪であるのならば倒しても構わないというのが抵抗権・革命権で、これはアメリカ独立やフランス革命に大きな影響を与えた。

 

 ルソーは、自然状態とは未開文明のことで、ここでは争いも何も無い平和の場所であったとし、その時代に生きていた人間の心を現在に取り戻すことが肝要だと考えた。

 彼は主権を完全に人民のものにすべきと考え、国家体制は共和政治をとるべきとした。

 しかしそこにいる人民は、一人一人絶え間ない努力をし、自己に磨きをかける必要があると説いた。

 というのも、政治は人民の一般意志に基づいて行われるべきであるという。

 その一般意志というのは「公共の利益を第一優先にするもの」である。

 これに反して「自己の利益を第一優先にするもの」が特殊意志で、それらの総和を全体意志と呼ぶ。

 その全体意志に陥らないよう、というのが努力を呼びかける理由であるが、一般意志と全体意志の差異についてはカントに批判されていた。

 その理由は、彼の思想がフランス革命時にジャコバン派のロベスピエール独裁に悪用されたがためである。

 また、彼の理想社会は古代ギリシアのポリスのような小規模国家でなければ実現できないということも、彼自身自認していたことであった。

 

 最後に、社会契約思想の現代における意義であるが、日本国憲法の前文にロックの信託統治論が適用されているように、根本的なところで我々を支えているものであると云える。

 例えば、精神の自由というものは、社会契約説によって国家が人民の精神に介入できないがために保障されるものなのである。